もとおか通信 WEB VERSION
もとおか商工連合会 2002年 春季
広報紙 もとおか通信 17号
4面
河童の刀 夢が授けた厄除け家宝
江戸時代の中頃、糸島・大入の村落に、諸熊甚作という名頭がいた。人柄がよく、政治に長けた男で、村人の信望も厚かった。  村落の東には海に面した沼地があり、その一隅に「井樋の口」と呼ばれる石垣作りの水口があった。甚作は何かにつけ、この水口を見回っていた。潮が逆流して集落の田畑に海水が流れ込まないか、村落の長として心配してのことだった。  そんなある晩のこと。甚作は奇妙な夢を見た。冬の寒空の下、いつものように井樋の口へ出かけるところだった。ふと気が付くと、下腹のふくれた河童が一匹、甚作の方へヨタヨタと近づいて来る。 「はて」  甚作は驚いたが為す術もなく、ただ立ち尽くして河童を見据えていた。その内、河童は甚作の目の前まで近づいて来た。そして目を潤ませながら、嘴を開いた。 「この腹を見ての通り、間もなく赤ん坊が生まれそうじゃ。しかし河童は近くに刃物があるとお産ができん。この近くのどこかに刃物があるのじゃ。それで苦しい。どうにか刃物を探して取り除いてくれまいか」  甚作は呆気にとられたが、断ることもできない。仕方なく、辺りを探して見ることにした。そして間もなく、井樋の口の石組みの間に、黒塗りの鞘に収まった短刀が一振り隠されているのを見つけた。 「あった、あった。河童の言う通りだ。これで大丈夫じゃろう」  甚作は驚きながらも、人助けならぬ、河童助けになったことをうれしく思った。河童も喜んで、甚作に礼を言った。 「よくぞ探してくれた。これで安心してお産ができよう。ついてはその刀を持ち帰り、大事にされよ。さすればおぬしの家は、災いから救われるはずじゃ」  そう言い残して河童は消え、甚作も夢から覚めた。 「おかしな夢じゃったが」  首を傾げる甚作だったが、これはもしかすると正夢かも知れないと思い、朝を待って、井樋の口へ出かけて行った。  甚作は夢で見たのと同じように、水口の石組みの辺りを探してみた。するとやはり、黒塗りの鞘に入った短刀一振りが隠されていた。甚作は改めて驚き、この短刀を家宝として奉ることにした。以来、代々の諸熊家当主によって、河童の刀を祭る行事が営まれるようになった。  そのお陰なのか、諸熊家は、不思議といくつかの災いから逃れている。昭和七年二月、大入で民家十四棟が全焼する大火事があったが、その火が諸熊家に燃え移る寸前、壁一重のところで風向きが西から東へ変わって難を逃れたそうだ。また、同年四月には、猪熊家の親子三人を乗せた漁船が春の濃霧としけのため遭難しかかったが、運良く碇が「かなぎ瀬」と呼ばれる岩に引っ掛かり、それを避難中の汽船に発見されて九死に一生を得たそうである。 (糸島新聞社刊・糸島伝説集より)  
伊都伝記